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東京竜泉窯陶芸教室

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三島を作ろう!

小さなたくさんの小花模様が入った三島は、お料理との相性の良さからたいへん人気がありますね。

グレーと白を基調にしたものを多く見かけますが、萩地方では「花三島」と呼ばれる明るい色のものも作られていました。

粘土と焼成の組み合わせを変えることで、左の写真のように微妙な色合いの変化を楽しむこともできます。

一見難しそうに見える細かい柄も、ハンコを押していくだけなので、乾燥のタイミングとちょっとしたコツさえ飲み込めば案外簡単に作れます。
三島が作られた15、16世紀の朝鮮では、蹴ロクロが盛んに使われていました。なので当時のものは丸い形が基本になります。
また窯をたくのに酸化、還元を強く意識した気配はなく、中性炎(弱還元)で焼かれた物が多いようです。 まず、当時主に日本のお茶人からの注文で作られたお茶碗の作り方を紹介しましょう。

当時の陶工たちは見込みに指後を残さず、同じ形のものを作れるように特殊なこてを使ってロクロをひきました。作りたい形に合わせてこのヘラの形や大きさを変えたそうです。

少し乾燥させて削れるくらいの硬さになったら印花を押します。この時底にキズが入らないように必ず削りの前に押しましょう。柄をきれいに出すためには押しすぎないように注意しましょう。口元はキズが入りやすいのでヘラで草模様などを入れます。 高台を削ります。化粧を施す作業がしやすいように高めの持ちやすいものがよいでしょう。特に持ちやすい竹の節の形をした物もあります(竹節高台)。
片手で高台を持って刷毛目を施したと思われますが、自信のない人はこのように湿台にのせて作業をしてもよいでしょう。 印花を押した凹みにもちゃんを化粧土が入るように最初は刷毛で叩くように置いていきます。 全体に塗れたら仕上げに中心から表面をならしましょう。この時触わりすぎると下の赤土が熔けて白化粧土が濁ってくるので注意しましょう。 外側の白化粧が乾いて手に付かなくなったら竹べら等で模様を掻き落とすのもよいでしょう。(当時は木製の釘を使ったそうです。) この時の白化粧土の乾き具合で線のニュアンスが変わってきます。 写真はかなり乾いてから書き落としたものです。

 

三島とは、高麗末期より李朝初期にかけて生産された朝鮮のやきものですが、「三島」という呼称は日本独特のもので茶人が命名しました。その三島の由来には諸説あり、伊豆三島大社の暦とこのやきものの文様が似ているからとか、現在の巨文島を朝鮮では古来三島と呼んでいたからと説明されていますが定かではありません。 鉄分の多い赤土と白化粧土の組み合わせにより多彩な表現が可能です。以下に順に紹介していきましょう。

象嵌(ぞうがん)
削り仕上げの終わった生素地に凹みを付けて全体に白化粧土を刷毛塗りしたあと、少し乾かして削り落とす。凹んだところに白化粧が残り文様となる。凹みをつけるのにヘラで彫る方法や印花(素焼のハンコ)を押す方法などがある。

刷毛目

削り仕上げの終わった生素地に、刷毛を使って白化粧土をむら塗りし装飾とする。化粧は濃い目、刷毛は固めのものを選ぶとはっきりした刷毛目になる。
粉引
削り仕上げの終わった生素地を薄めに溶いた白化粧土の中に浸しがけをする方法。全体にムラなくかかるが素地が水分をすって柔らかくなり、歪んだり崩れたりすることもある。

掻き落とし (彫り三島)

刷毛目あるいは粉引をした素地の表面が少し乾いたころを見計らってヘラなどで文様を彫っていく技法。
絵三島 素焼の終わった素地に鉄絵を施したもの。彫三島と組み合わせることも多い。
暦手(こよみで)
印花の中で特に連珠文(小さな丸が連なったもの)が多用されている作品。
雨漏手 焼きが充分でなく、残ったピンホールから長年使っているうち滲みが出たもの。
御本手
焼成の条件によって自然にピンクのぽんぽんがでたもの。

朝鮮からの伝来以来、日本でも数多くの写しが様々な形に応用され作られてきました。その産地は薩摩、萩、出雲、瀬戸など 西日本の広範囲に渡ります。

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